2025年2月10日月曜日

武相境を歩く 遺跡探訪(2025,2,6)

実施日 令和7年2月6日(木) 

天 候 快晴

参加者 9名(女性5、男性4

 コース(C1)

JR相原駅・・①清水寺・・②蚕種石・・③久保ヶ谷戸(三ツ目山公園)・・日枝神社・・④宝泉寺・・⑤田畑環状積石遺構・・小山白山公園(昼食)・・かわら尾根瓦窯跡(小山内裏公園)・・⑦札次神社・蚕種石・・・京王線多摩境駅

武蔵と相模の国境に残る縄文から明治期までの遺跡と地域の信仰を集めたお寺等を巡って歩きました。9:30出発。この日は本格的な冬の寒さ、快晴ながら北風が肌身に刺す。この地区は養蚕が盛んで豪農だった屋敷も何軒か見られる。   清水寺(せいすいじ)は臨済宗妙心寺派、荘厳な造りの本堂や鐘楼・水屋の彫り物は見事。鐘楼には格天井の彩色画、各屋根は三葉葵の御紋が・・。   蚕種石(こたねいし):繭の形、養蚕が盛んであった名残。明治期「絹道」は横浜港まで伸び海外へ。③久保ヶ谷戸横穴墓:多摩ニュータウン造成時に確認され公園内に移築再現されている。古墳時代この一帯を統治していた豪族の墓。日枝神社脇の児童公園で休憩、ここに山小屋と同じバイオトイレがあり、しばし夏山を思い出し長居?を・・。④宝泉寺:臨済宗建長寺派。愛川町出身の絵師が描いた十六羅漢図があるが拝観をお願いしたが、保護のため公開はしていないと、残念!⑤環状積石遺構:民家の裏に縄文時代があった。大小の石を円形に配したストーンサークル。冬至には丹沢蛭ヶ岳山頂に沈む夕陽が見られ、当時の人々が祭祀を行った祈りの場。ここからは大山1252m・三ノ塔1205m・塔ノ岳1491m・丹沢山1567m・蛭ケ岳1673mと丹沢山塊の雪を纏った姿が眺められました。小山白山公園:1210着、陽だまりのベンチで40分まで昼食。多摩境駅前の通りから多摩丘陵の⑥小山内裏公園を目指す。“内裏”は御所に仕えていた人達が移り住んだことから名付けられた。園内は戦車道が走り尾根緑道の一部を成す。⑥かわら尾根瓦窯跡は緑道の一角に説明板が痕跡を伝えているだけ。ここで焼かれた瓦が相模国分寺・国分尼寺(海老名市)の屋根を葺いたもので縁を感じる。⑦札次神社・蚕種石:鳥居脇に蚕種石、子孫繁栄を祈願。社殿に頭を垂れ行程完歩を報告。境内を借りて整理体操、舗装路は足への負担が大きいです。1330解散開発され高層ビルも多い多摩地域でしたが、公園も多くあり緑豊かな武蔵路でした。*雑感 橋本駅前の高校跡地には、リニア中央新幹線工事で出た膨大な土砂が積み上げられていました。武相境はこれからどのような姿になっていくのか。蛭岳に沈む夕陽はこれからも拝むことができるのでしょうか。(山記)


古代の民は何を祈つたのだろうか

JR相原駅前で準備体操

冬晴れの朝気温は1℃位かな?

先ずは清水寺に向かいます

素晴らしい彫刻が軒裏全てに

輝く宝珠と葵の御紋

今日も笑顔で歩きます

六地蔵と六道について説いて戴きました

数多の年月参拝者見守りこの顔です

蚕種石、養蚕農家の守り神

久保ケ谷戸横穴墓(レプリカ)

橋本駅方向から大山、丹沢山塊を望む

宝泉寺十六羅漢図の説明を

宝泉寺への急階段

ストーンサークルにて

サザンカが咲く戦車道

瓦竈跡ここから海老名の国分寺まで運ばれた

札欠神社、ここにも蚕種石が祭られていました

札欠神社にて

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